上皇陛下

美智子さま「恋愛結婚を推奨します」上皇さま、上皇后さまが切り開いた恋愛結婚が終わりの始まりだったのか?



1959年4月10日、皇太子だった陛下と、民間から初めて皇室に入った美智子さまの結婚パレードが東京で行われた。

民間から初めてということで、それは歴史的なことである。

ですが、現在の皇族の状況を見ると民間から皇族に招き入れることが全ての終わりの始まりだったと考えもできなくはないのではないか?

自分達で育ててもいいんだけど、きちんと教育係を置き、皇室の一員たるもの・・・の自覚を幼少期から教え込んでほしい。

それじゃないと皇室の価値というのは低くなるばかり。

理想の家族像は、あくまでも皇室としての資質を保った上での話じゃないと、存在の必要性を感じなくなる。

よって、秋篠宮家のように圧倒的な存在にはなれない皇族も発生するので、民間から招くことで、さらに質が低下することは高確率で起こりうることである。

ほとんど報道されなかったが、秋篠宮家次女の佳子の発言を問題視する週刊誌があると、

東京新聞の「週刊誌から」みたいなコーナーに書いてあった。

それによると、佳子が「私個人としては・・・・」という発言に対して、

ある週刊誌記者は「“私個人”とは一般市民が使う言葉であって、皇室の方が使うべきではない」から始まり、

仕舞には「秋篠宮の育て方に問題があるのでは?」と結論付けていた。

昭和天皇の時代までは、乳母が子供を育てていたはず。

平成天皇とその皇后は自分たちの意志から、子供は自分たちで育てていた。

そして、その息子である皇太子(令和天皇)や秋篠宮も、子供たちを自分で育てた。

秋篠宮の子育てに問題があるのならば、秋篠宮を乳母に育てさせず、自分たちで育てた平成天皇と美智子皇后の育て方にそもそもの問題があったからでは?となってしまう。

帝王学を専門的に学ばせないといけない状況の中で、民間の人が皇族に入って何ができるのかは終始疑問に思っている。

秋篠宮家の皇室の姿からかけ離れた優遇や湯水のような税金の使用は秋篠宮家だけでできることではありません。

眞子さま問題も最初に協力したのが皇后だったと言われています。

本人の素養もありますが、それを増長させたのは紛れもなく天皇皇后です。

だからこそ、美智子さまが皇室に入ったことが、終わりの始まりだったというのは、一つの推論として正しいのではないかと思います。

美智子さまが小室問題をなんとかしようとしているという記事を見かけました。

自分自身がこの問題の当事者であり、民間から恋愛結婚で皇族になることが失敗という議論になれば、

自分自身を否定されることに直結する。

だからこそ、なんとかしたいのだろうし、結局、美智子さまは自分のためにしか行動しないのである。

宮内庁の影のフィクサーと言われる美智子さま。

終わりの始まりという表現は、1つの仮説として正しいと思います。

息子である、秋篠宮さま、そしてお孫さんなどの言動を見ると、この3代で皇族の地位が落ちたことは明らかだと思います。

昔はもっと天皇崇拝が強かったと思いますが、民間からの皇族に入ったことは、間違いなく間違いだったと言われる可能性も強くあると思っております。

ゆとり教育とかで、宮内庁の職員の質が下がったとか、考えればいろんな議論ができそうに思います。

民間から皇族になられて質が下がったのかどうかは、実際問題、色々なデータなどを元にして検証しなければ判断できないと思いますね!!

でも、データ量が少なすぎるから、

民間がいいのか悪いのかはやっぱ人次第だし、現に今上天皇はうまくいっているんじゃないですかね。

ちょっと秋篠宮家が失敗しただけで、これから良い事例も生まれると思います。

秋篠宮家が失敗かもまだわからないけどね。

悠仁さまがすごい皇族になられるかもしれないし。

だから、まだ経過観察ということで、美智子さまがどうだったとか結論を出すのは早すぎると思います。

出典:yahooニュース



COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。